TOEICスコアアップの正攻法と戦略、そしてメンタリティ

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「世界」を相手に?

昨日、「こもるな日本人」という日経新聞の記事を紹介しながら、海外の大学に進学する日本人の数が減少していることについて述べました。

ただ、この記事とは別の話ですが、いわゆる日本人論に関していつも気になるフレーズがあります。

「世界では、○×*#なのに、日本はまだ¥$△だ!」

こうした国際比較的な議論の背後にあるのが「日本vs世界」といった意識。

どうしても違和感を感じるのです。

まぁ、英会話スクールや留学関連の機関などでも

「世界を相手に!」

みたいなキャッチフレーズを見るし、ビジネス的なキャッチフレーズとしてはどうしても抑えておきたいコンセプトなんでしょうね。


私はイギリスの大学に一年間留学(野球留学?)したのですが、そこで知り合った外国人留学生(つまり非英国人)で

「私は“世界”で勝負したい」

とか

「“世界”を相手に自分を試したい」

などと「自分vs世界」のような気負ったことを言っていた留学生に会った記憶はなかったように思います。

まぁ、たとえ心には強く秘めていても、他人に面と向かってそんなこと言わないか(笑)

それでも、ヨーロッパ諸国の留学生はもちろん、中国人、バングラディッシュ人、シンガポール人、マレーシア人、台湾人などのアジアからの留学生からさえも“世界”を強く意識したようなことは聞いた記憶がなかったような…

イギリスが初めての外国生活だって言っていたタイ人でさえ同じ。

彼らからは、“世界”とか“海外”なんて気負った意識は、強く感じられなかったように思えます。

かといって、彼らからはハングリー精神が感じられないとか気概がないっていうわけではない。

それどころか、そのハングリーさとタフさは日本人である私の想像をはるかに超えていました。

もちろん、

「“オックスフォード”で自分を試したい」

と言っていた留学生には何度も会ったことはありますが、それはイギリス人でも同じ。外国人留学生に限ったことではない。

自分を試す場がオックスフォードやケンブリッジなどの具体的な場であって、世界(国外)といった漠然とした場ではない。

彼らの留学先がアメリカだったら、ハーバードやMITで自分を試したいとかいう意識もあるのかもしれませんが、そこには「世界で…」なんて意識が強く働いているのかどうか。


日本人は“世界を相手に…”なんて過剰に意識しするから、国内に“こもってしまう”のではないのだろうか

また、日本vs“世界”なんて意識を過剰にもってしまうから外国に行っても十分自分の力を発揮できないのではないだろうか

それ以上に厄介なのが、こうした意識が住んでいる国や訪れた国の欠点を論(あげつら)ってしまうことに結びついてしまうこと。

私も、イギリスに住んでいた時、このような無礼な態度を平気で表していました。

「メシが***」とかね。

世界のいろいろな国々を訪れてみたい、憧れのあの国に住んでみたい、ぐらいなら、その国に対して謙虚になれるのでは…

「世界を相手に…」

こんな意識が逆に作用してしまうことがある。

注意したいものです。

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Author:Creden Staffs
福島県郡山市に拠点を置くTOEIC/TOEFL/英検対策校
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企業・大学・専門学校などで
セミナーを開講
E-mail: info@creden.jp

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