TOEICスコアアップの正攻法と戦略、そしてメンタリティ

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どん底からの再出発

卒業後は日本へ帰国し就職するも、2年後再度ニュージーランドへ渡り、ツアーガイドや通訳の仕事を6年間やりました。

ここでも英語にはほとほと苦労しました・・・。

簡単な通訳などは問題なかったのですが、どんどん難易度の高い通訳(医療、保険、政治など)を任されるようになり、自分の英語力の中途半端さをあらためて痛感、この時点で初めて一から英語を勉強しようと決意しました。

生まれて初めて最後まで文法書、単語集などをやり遂げ、今まで中途半端だった知識が確実なものに変わっていった気がしたのですが・・・勉強を始めて数ヶ月後、ブロークンながらも話せていた英語が全く話せなくなりました。

今でも原因ははっきりわかりませんが、話す前に頭で色々考えるようになってしまい、口から言葉が出てこないような状態でした。

さらに悪いことに、憶えたと思った単語は半分以上忘れていて、憶えている単語も全然実用的ではなく、会話の場面などでは全く使えませんでした・・・。

相当ショックを受けましたが、一度勉強をやめて、何がいけなかったのかを分析し、一から勉強計画を練り直すことにしました。

英語ができるようになった人の話を聞いたり、英語勉強法に関する本を読んだり、インターネットで情報を集めたりして、自分なりの勉強法を模索する毎日でした。

その苦労の甲斐あって、1ヶ月後、英語ができるようになった人達のある共通点に気づくことができました。

その共通点とは、皆英語脳を持ってることです。

その後英語脳習得に向け、自分なりに確立した勉強法をコツコツ実践したところ、やればやるほど身についていくのが実感でき、半年後には飛躍的に英語力を伸ばすことに成功しました。

その後、住み慣れたニュージーランドを離れ、日本に帰国することになったのですが、日本で通用する資格が全くなかったため、再就職で少しでも活かせるようにとTOEICを初めて受けました。

TOEIC対策の勉強は特にしなかったのですが、それでも何とか920点を獲得することができました。

テクニックに頼らず、初めてのテストで920点を取れたことで、自分のやってきた勉強法に自信が持てた瞬間でした。

今後この場を借りて、私の英語力が飛躍的に伸びる要因となった勉強法について、少しずつ紹介していきたいと思います。
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高木です 私もはじめはこんなでした・・・

恥ずかしいのですが、自分の英語経歴を正直に振り返ってみますね。

中学生時代
英語はまあまあできる方でした。とはいってもテストでまあまあ点が取れたというだけで、もちろん話す、聞くは全くダメ、というより話したことすらありませんでした。

高校時代
上の下ぐらいの高校に入るも、ほとんど勉強しなかったので英語はいつも赤点(英語以外もですが・・・)、受験は当然失敗、よくあるパターンで日本がダメなら海外へ、安易な気持ちでニュージーランドへ語学留学!ちなみにニュージーランドがどこにあるのかさえ知らずに留学しました(若いって恐いです・・・)。

ニュージーランド時代
事前に何も勉強せずに渡航したので、簡単なあいさつすらできない所からスタート。失敗談を語ればきりがないのですが、今でも忘れない恥ずかしい経験をひとつ告白します・・・。

学校に通い始めて間もないころ、積極的にネイティブに話しかけてみようと思い立つ。
            ↓
中学校で学んだ “How are you?” “I’m fine, thank you. And you?” を使ってみようと思い、近くにいたネイティブに話しかける。
            ↓
私 : How are you?
ネイティブ : Pretty good! (はっきりなんと言ったか覚えていませんが・・・)
私 : And you?
ネイティブ : ???
私 : ???

そばにいた日本人学生に笑われても何で笑われているのか分からず、教えてもらって思わず赤面・・・そんな経験上げればきりがありません!

そんな感じでしたので英語の勉強は人一倍苦労しました。ただひとつ良かった点は、日本で受験勉強をほとんどしなかったので、頭で考えることなく、赤ん坊のように聞いたものをマネするだけで、意外と早く最低限の日常会話をマスターできたことでした(とはいっても、文法力も語彙力もなかったので相当ブロークンな英語でしたが・・・)。

その後、3か月ぐらいで最低限のスピ-キング、リスニング力を身に付け、学士課程へ進むための勉強を始めました。相当悪戦苦闘しましたが、なんとか大学が求める最低レベルに達し、晴れて2年目から学士課程へ進むことができました。

その後も、英語の勉強という勉強はちゃんとやらなかったので、山のような宿題、論文、プレゼンテーションなどに卒業まで苦しめ続けられてきました。日本語でも難しい内容を勉強しているのに、それを英語で勉強するなどその当時の自分には無謀でした・・・。ほんとによく卒業できたと思います・・・。

次回は大学卒業後の経歴について振り返っていきますね。


高木 恒司

高木クラス
高校卒業後、ニュージーランドへ留学、インターナショナルパシフィック大学にて国際ビジネス、国際関係学などを学ぶ。
卒業後日本へ帰国し、パソコンソフトメーカーに就職、2年間営業として働く。その後、再度ニュージーランドへ渡り、旅行社に再就職、ツアーガイド、通訳、テレビ・雑誌の撮影コーディネーターとして6年間勤務する。現在、クレデンシャルズでTOEFL・英検クラスを担当。

海外の大学へ留学、卒業後は通訳や英語講師・・・というと、最初から英語ができたように思われがちですが・・・実は、もともと英語は全くダメで、留学後も英語では人一倍苦労をしてきました。

今後、自分の経験、そして皆さんの英語力向上に役立ちそうな勉強法について、少しずつ紹介していきたいと思います。

長峯 英樹

クレデンシャルズ代表
関西学院大学大学院商学研究科卒(商学修士)
1999~2000年 オックスフォード大学ハートフォードカレッジにて経営学(組織論)を研究
企業・大学・専門学校などでTOEICおよび英語研修を担当
TOEIC公開スコア 980

以上が私の対外的な経歴です。

これを読んだ方は、“オックスフォード大学”の部分にインパクトを覚えるらしいのですが、別に学位を取得したわけでもないし、実態は“野球留学”…
それなりに勉強もさせられましたが、研究もそこそこに野球中心のイギリス留学生活となってしまいました。

<留学中の業績>
ケンブリッジ大学との対抗戦に4番サードで出場
第1回イギリス大学野球選手権 優勝(2校同時)
*「第1回…」、しかも「2校同時」ってのが胡散臭い
1999~2000年 野球部のHall of Fame(殿堂)入り

留学中の目立った活動業績はすべて野球に関することばかり。
学術的には、英語での論文が1本だけ某ジャーナルで発表されたのですが、タイトルすら覚えていません。

もちろん、野球がしたくてわざわざイギリスに渡ったわけではないんです。
そもそも「イギリスに野球なんかあるの?」
聞いた人のほとんどがこのような驚きを漏らします。
私もとあるパブで野球部の部長に初めて勧誘されたとき同じでした。

しかも、大学の野球部から地元のクラブチームに転身したらしい…
正直、今となっては「オックスフォード大学野球部」の存在すら…

厳密な研究方法論を学び、豊富な事例研究を基に経営組織に関する理論を構築する。博士論文を完成させ、帰国後、どこかの大学で学問の道を志す。

学問の道を断念してしまった今、かつて抱いたこうした将来像は、もはや跡形もありません。

でも、イギリス野球は夢のような本当にすばらしい体験でした。
全面が芝生に覆われたグラウンド(バッターボックスさえも)、国籍の多彩なチームメイトたち、試合終了後の相手チームとのハイタッチ・・・、などなど。
学問的なキャリアを犠牲にしたとしても悔いはありません。

このイギリス・オックスフォード大学での野球体験については、また後日お伝えしたいと思います。
プロフィール

Creden Staffs

Author:Creden Staffs
福島県郡山市に拠点を置くTOEIC/TOEFL/英検対策校
クレデンシャルズの講師陣
企業・大学・専門学校などで
セミナーを開講
E-mail: info@creden.jp

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